土佐直伝英信流
土佐直伝英信流(とさじきでんえいしんりゅう)
当流は土佐藩門外不出の御留流として伝承されてきた居合の流派です。第二十代竹嶋壽雄先生は無双直伝英信流第十九代福井春政先生の「唯一伝授」の御教道を基に伝書・口伝等深く研究せられ、その普及・伝承に生涯をささげられ、流名を二十一代継承式を機に「土佐直伝英信流」と改称されました。我々はこの土佐直伝英信流の精神や術技を後世に正しく伝えるべく、日々研鑚している行者の集まりです。
当流は第九代林六太夫先生によって土佐にもたらされ、土佐藩の御留流として土佐の風土に根付き、現在に到っています。
当連盟は高知市に本部を置き、18支部、約200名の会員で構成され、土佐直伝英信流の正しい伝承を信条に活動している純然たる古武道団体です。
心を磨く、日本の武の道
ヨーロッパでは、武術・芸術・哲学は別のものと考えられがちである。だが日本では古くから、これらを「人として成熟するための道」として一つに捉えてきた。武道・茶道・書道・華道――登る道は違っても、目指す頂は同じである。
日本の武道には、上達の三つの段階がある。守は型を忠実に学ぶこと。破はその意味を解き、応用すること。離は型が身体に溶け、自由で自然な表現となること。初めは楽譜の通りに弾き、やがて己の音楽を奏でる。武の道もこれに似ている。
居合道は、不安定な状況にあっても心を乱さず、最善を選ぶ力を養う。「居合い」とは、刀を交える一瞬だけでなく、その前後を含む日常そのものを指す。危機は、戦いの最中にのみ訪れるのではない。
土佐清水市には、三百年を超えて受け継がれる居合がある。今の宗家は二十二代目、その源は十七世紀に遡る。かつて一人の若者の志に心を動かされ、宗家と高弟は遠路を越えて指導に通った。技だけでなく志を育てる、日本の心である。
居合では、常に前に相手を想う。だが修行を重ねるほど、その相手は「未来の己」へと変わってゆく。居合道とは、誰かに勝つ術ではなく、より善き自分へ至る、長い対話なのである。
In Europa werden Sport, Religion, Kunst und Philosophie oft als getrennte Bereiche verstanden. In Japan dagegen begreift man sie seit jeher als miteinander verbunden – als einen „Weg, um als Mensch zu reifen“. Budō, Teezeremonie (Sadō), Kalligraphie (Shodō), Blumenkunst (Kadō) und Nō-Theater: Jeder „Weg“ (Dō) ist nicht bloß eine Technik, sondern eine Übung, die zugleich Können, Geist und Charakter formt. Die Pfade sind verschieden – doch der Gipfel ist derselbe.
Das japanische Budō kennt drei Stufen des Lernens:
Ähnlich wie in der Musik: erst spielt man nach Noten, dann versteht man die Absicht des Komponisten, und schließlich wird daraus die eigene Musik.
Iaidō ist nicht bloß die Kunst des Schwertes. Es schult die Fähigkeit, auch in instabilen Lagen ruhig zu bleiben und das Beste zu wählen. Das japanische Wort „iai“ meint nicht nur den Augenblick des Kampfes, sondern das ganze Leben davor und danach – denn Krisen geschehen nicht nur mitten im Kampf.
In Tosashimizu (Präfektur Kōchi) lebt eine über 300 Jahre alte Iaidō-Tradition; der heutige Großmeister (Sōke) ist der 22. seiner Linie, und ihre Geschichte reicht bis ins 17. Jahrhundert zurück. Einst bewegte der Eifer eines noch unerfahrenen jungen Mannes den Großmeister und seine besten Schüler so sehr, dass sie von weither anreisten, um ihn persönlich zu unterrichten – nicht nur die Technik, auch den Willen zu fördern.
Im Iaidō stellt man sich stets einen Gegner vor sich vor. Doch mit den Jahren der Übung wird dieser Gegner immer mehr zum „eigenen künftigen Ich“. Iaidō ist keine Technik, um über andere zu siegen, sondern ein langes Gespräch mit sich selbst – auf dem Weg zu einem besseren Menschen.
Herzlich willkommen in Japan. Wir freuen uns darauf, gemeinsam zu lernen.
高校生以上、どなたでも。最初は動きやすい服装だけで始められます。
居合刀(模擬刀)30,000〜60,000円 / 袴 10,000〜20,000円 / 道着 6,000〜12,000円 / 帯・刀袋 5,000〜10,000円 = 約50,000〜100,000円
※ 一般的な市販価格の目安です。揃えるのは、続けると決めてからで構いません。
九代から十七代まで。土佐藩の御留流として技を守り、明治の廃刀令を越えて今日に繋いだ人たちです。
当流では、歴代宗家の名と沿革を知ることを、稽古の一部と考えています。そして年に一度、九代以降の宗家が眠る高見山・薊野・小高坂・五台山・高須・前浜・春野の七つの地区に会員が分かれ、一斉に墓所を清める「歴代宗家墓所清掃」を行います。当流にとって、最も大切な行事です。
肖像はいずれも史実の記録をもとにしたイメージイラストで、実在の肖像ではありません。禄高・年代は『歴代宗家』資料および『御侍中先祖書系圖牒』等の記録によります。
カードを押すと、人物の紹介が開きます。

第九代宗家1663頃–1732
「礼の剣」
初発刀は、礼。
藩の儀典官。十五歳で江戸へ出て英信流を持ち帰り、料理と礼法で百五十石まで上り詰めた。正座の居合を流派に加え、剣を作法の側へ引き寄せた土佐始祖。

第十代宗家1694頃–1776
「養生の剣」
長く生きることも、修行のうち。
医師の家から林家に婿入りし、八十三歳の長寿を全うした。六十七歳の養父に代わって江戸勤番を勤めた孝行者。呼吸と間を教える。

第十一代宗家1726頃–1790
「大身の剣」
この技、二つに分けて渡そう。
馬廻二百五十石、歴代最高禄の大身。弟子二人に伝を授け、谷村派と下村派の二つの流れを生んだ。

第十二代宗家1756頃–1815
「目利きの剣」
血より、技を見る。
家督は兄、居合は弟の自分。縁も禄もない依田萬蔵を後継に選び、早世されて、あらためて養子に託した。人を見る目で流派を繋いだ。

第十三代宗家1767頃–1809
「無一物の剣」
持っているのは、この技だけ。
家柄も金も縁もなく、妻もなく、技だけで宗家に選ばれた。留守居組、三人扶持切符八石。四十三歳で師より先に逝った。

第十四代宗家1778頃–1850
「七君の剣」
七人の殿を見送った。
養子として林家に入り、七人の藩主の代を生き抜いた。天保の飢饉もアヘン戦争の報も見た、飄々とした苦労人。

第十五代宗家1800頃–1862
「殿の剣」
七日七夜、若き容堂公と稽古した漢。
容堂公の居合の師にして、初めて「居合」で藩に召し抱えられた人。板垣退助の大叔父。文久二年、改革で職を失い、嫡男に先立たれ、三週間後に自らも逝った。

第十六代宗家1835–1898
「廃刀の剣」
廃刀が時代であろうとも、己が刀。
三十三歳で維新、四十一歳で廃刀令。流派が消えかけた時代を耐え抜き、板垣退助が建てた道場で九代の相伝刀を受け取った。

第十七代宗家1852–1927
「編纂の剣」
バラバラの伝書を、ひとつの形に。
十六歳で鳥羽伏見に従軍。伝書を整理統合し、大森流を正座の部として体系化した、今日の英信流の設計者。
十八代 穂岐山波雄(1891–1935)、十九代 福井春政(1884–1971)、二十代 竹嶋壽雄(1930–2007)へと伝は続き、平成七年(1995)に流名を土佐直伝英信流と改称。以後、村永秀邦先生、芳之内祐司先生へと受け継がれています。
下村派(十一代 大黒元右衛門清勝より分かれる):松吉貞助久盛 → 山川久蔵幸雅 → 坪内清助長順 → 下村茂市定 → 行宗貞義 / 細川善馬義昌
代数は『歴代宗家系譜一覧』の並びによる。
居合を始めるに至った動機や目的はそれぞれであろうが、今後、土佐直伝英信流を学ぶに当り、心して欲しい基本的な心構えを少しく述べておく。
古い時代に於ては、入門時に起請文を師に提出し、身命を賭して行に励む事になるのであるが、現代ではそこまで要求される事はない。
しかし、長い伝統の流れに縁を得た以上、個人的な思惑とは別に土佐の伝統を受け継ぐ一員としての自覚を持って稽古に臨んで貰わねばならない。そして、その流れを正しく次の時代へと送り届ける役目の一端を担って欲しいと願うものである。
伝統の継承とは単に技術的なものに限らず、心や思想、人間関係までも含めた文化の継承である事をよく理解して欲しい。
ただ、土佐の英信流の蘊奥は言葉や文章の上だけで学び取る事は決して出来るものではない。唯一、体を張っての行をもってのみ伝えられ得るものである事を明言しておく。
当流「道しるべ」より流儀に伝わる道歌。技より先に、心の置き所を詠んでいます。
右から順にお読みください。表記は伝書のままです。
2026年7月30日(木)〜8月3日(月)
ドイツスポーツ少年団の青少年が土佐清水を訪れ、空手道・居合道・和太鼓の各クラブと交流しました。当支部は居合道の演武披露と体験指導を担当。最初は互いに緊張していましたが、ドイツ団が実際に刀を手にして指導を受けるうちに場がほぐれ、言葉を越えて学び合う時間になりました。
この日のために、居合道の心を日本語とドイツ語で綴った資料を用意しました。上の「居合道とは」がその全文です。